1965(昭和40)年頃の土地利用は、水田と畑地で約60%、宅地が約7%を占めていました。その後1969年(昭和44年)に竣工した印旛沼開発事業により、沼中央部に面積13.9 km2 の中央干拓地が造成され、約 29 km2 あった沼の面積は2 分の1 以下に縮小しました。2007(平成19)年現在、流域西部で特に市街化・宅地化が進み、水田と畑地は約40%に減少し、宅地は約30%を占めるようになりました。
|
1965(昭和40)年頃 2007(平成19)年 |
![]() |
流域の人口増加に対して、下水道整備などの水質保全対策が講じられ、沼に流入する水の汚れ(汚濁負荷)は減少しました。しかし、沼の水質(COD)は常に10mg/L前後で推移しており、依然として汚濁した状況にあります。また、水質環境基準(3.0mg/L)も達成されていません。

※出典:流域人口、下水道処理人口、下水道水洗化人口、汚濁負荷量:千葉県データ
※湖沼水質保全特別措置法で定められた指定湖沼地域内での統計値であるため、栄町は含まれていない
※沼水質(COD):上水道取水口下地点(西印旛沼)、年間平均値水生植物種類数:笠井氏らの調査による、「千葉県の自然誌 本編5」を基に作成